冬めいて 指先冷たし 田んぼ道
『俳句の注釈』今日は、あえて画像は掲載していません。ですが、この句を読んだ皆さんは、即時に冷え込む田んぼ道を、歩いている情景を思い浮かべたでしょう。どこの田んぼ道かは、それぞれの経験、記憶等によって違うとは思います。冷え込んで、ほほや、指先が冷たくなった感覚も思い浮かべたと思います。
これも、文字を使って表現する「バーチャルリアリティ」のひとつです。映像を見ないで、皆さんの経験とか、知識、想像力によって脳裏に浮かんだのは、どんな光景ですか? 私は、いつものウォーキングコースでの今朝の実体験です。今日の一句も、皆さんの心の中に、バーチャルリアリティな空間を呼び起こすために詠んだ一句です。
虚構の世界を創り出す「バーチャルリアリティ」は、ヘットマウント・ディスプレイを使ったり、メタバース等は益々進化の延長線上にあります。しかし、その起源ははるか太古にさかのぼります。神話など実体のないものを信じられるようになった人の能力にあるといいます。
目の前にないものを、文字や言葉で表現して即時に共有する。人類が集団を作るのに役立ち、一緒に行動するチームワークができました。体力的には、劣勢だった私達の先祖のホモサピエンスが、一対一では勝てない、体格も体力も屈強なネアンデルタール人に、勝利した要因のひとつといわれています。
小説、詩はもちろん、五七五七七の31音で表現する定型詩である和歌と、五七五の17音で表現する定型詩の俳句も、まさに、バーチャルリアリティです。別に、ヘットマウント・ディスプレイを使ったり、メタバースによらなくても、虚構の世界を創り出すことはできます。
音楽も、そうです。クラシック音楽も、ロック、ポップ等の現代音楽も、やはりバーチャルリアリティです。
バーチャルリアリティに関しては、2022.11.11 エッセイ集【愛犬の寝言】5 でも、触れています。このテーマは、今後も折に触れて取り上げていきたいと、思っています。
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